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先生の威厳は保たれた

朝 食パン 目玉焼き コーヒー
昼 野菜サラダ
夜 玄米 味噌汁 納豆 たくわん

食費 200円

ペンペン草も生えないのぺんぺん草って?と聞かれたので巧妙にノートパソコンを駆使して検索しながら答えました。教師の威厳は保たれたといってもいいでしょう。

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僕達は貧困だと周りに認めさせる必要があるのかどうか 絶対的貧困と相対的貧困の違い



headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171101-00000001-withnews-soci&p=3

貧困当事者だという人を「お前は貧困じゃない」と批判する「貧困たたき」で、ずっと気になっていることがあります。たたく人は、頭の中に「これが貧困だ」というある種の「理想」があって、それに当てはまらないから怒るわけですよね。でも、その「理想」って、正しいのでしょうか? 貧困家庭で育った若者たちに、話を聞きました。(朝日新聞東京社会部記者・原田朱美)

【画像】公衆電話で握りしめた100円玉 ツイッターで話題のマンガ「夜廻り猫」が描く貧困
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「いろいろ言いたいことがある」集まってもらったのは、首都圏の大学に通う男女5人。アオイさん(大学2年)、ミユさん(大学2年)、ユウタさん(大学4年)、ヒカリさん(大学4年)、メイさん(大学3年)。全員仮名です。

5人とも、経済的に苦しい家庭で育ちました。日本の子どもの貧困率は、13.9%ですが、この5人が育った家庭の生活水準も、「貧困」と呼べるレベルです。「理想の貧困」と現実の自分たちとの違いについて教えてほしいとお願いしたところ、「いろいろ言いたいことがある」と、来てくれました。



どうもみかんでビタミンCを補給したいものです。今回は理想の貧困に苦しむ人たちという記事を見ました。冒頭から丁寧に見ていきましょう。貧困世帯に生まれ育ったという5人の大学生の対談だそうです。

貧困には絶対的貧困と相対的貧困があります。多くの人間は貧困という言葉から絶対的貧困層を想像します。そして絶対的貧困ではないが僕達は貧困だ!とメディアで取り上げられネットで叩かれる層は相対的貧困層です。このギャップが両者を隔てる壁となっているのです。

そういった前提を踏まえて次にいきます。





私(記者)は、今まで何度か「子どもの貧困」の取材をしたことがあります。以前、支援者のひとりが「貧困って、見た目ではわからないんですね」と、こぼしたことがありました。

 「理想」と現実とのずれは、見た目から始まっています。
 
 こうした「理想の貧困」のイメージを、5人は、どう思っているのでしょう。

「極端じゃない貧困は見えづらいから、支援が薄いよね」(ミユ)
「要するに、生命維持に必要がないものを持っていたら、『貧困じゃない』ってたたかれると思う」(ユウタ)
「ゲームとか、芸能人のポスターとか、ダメだね」(ヒカリ)
「外食とか飲み会も」(アオイ)



そもそも彼らが何を支援してもらいたいのか?よくわかりません。衣食住は足りているのでしょうし、娯楽費や外食費も少ないながらも捻出できているのでしょう。

彼らの話しを合理的に解釈すると「私達は一般的な家庭より自由に使えるお金が少ない、よって周りが補填するべきだ」こう結論付けるしかありません。必要最低限のお金が捻出できているのに、周りの支援が必要ということはそう結論づけるしかありません。

となるとお小遣い1万円でお昼ごはんをやりくりしながら朝から晩まで働いている世のお父さんたちにも支援が必要だという論も成り立ちますが、果たしてどこまで共感の輪は広がるのでしょうか。



 昨年、NHKの番組に貧困当事者として出た女子高校生が「貧困たたき」にあいました。「千円のランチを食べていた」「家にアニメグッズがたくさんある」などが、貧困ではない証拠とされました。

「千円ランチって、友だちと食べてたらそのくらいの値段になっちゃったことはあるよ。会うと必ず『今度ご飯行こう』って話になる子もいるし。それ以外のところで節約してるだけ」(ミユ)

「友だちに誘われて、『お金がないから行けない』って言う勇気ないな」(アオイ)

「相手に気をつかわせるし、言ったら二度と誘ってもらえなくなる。まあバイトで忙しくて物理的に無理っていうことも多いけど(笑)」(ヒカリ)

「NHKの件は、いかにも『悲惨な暮らしなんです』っていう演出をしたメディアの責任もあると思う。散々、悲惨なんですっていう見せ方をしたあとで、アニメグッズとか千円ランチとか出てきて『違うじゃねーか』ってなっちゃった気がする」(ユウタ)

「去年の貧困たたきを見ていて、『あ、私もジャニーズのコンサートに行ったな。たたかれるのかな』って思った。1回4~5千円だけど、誕生日プレゼントとかで特別に行かせてもらったりすることはある。芸能人のポスターを私も部屋に貼っていたけど、雑誌の付録だから数百円しかかかっていない」(ヒカリ)

「うちは、両親の稼ぎが少なすぎて、祖父母から支援を受けている。おばあちゃんが用意してくれた一軒家に住んでいるけど、家だけ見たらたたかれると思う。でも、いちいち説明するのは面倒だし」(アオイ)

「生活のすべては見えないし、こっちも言わないしね。むしろ、いちいち説明をしてたら『貧困アピール』って引かれちゃう(笑)」(ユウタ)



この対談ですが、ミユさんは1000円ランチを友達に誘われて断れないといっています。さきほどの話しと合わせるとつまり、友達と行くランチ代金を周りが支援するべきだといっているのでしょう。意地の悪い解釈をしているように見えますが、どう解釈してもそうなるんですよ。私の性格は悪いですが、例え私の性格が菩薩のような性格でも理屈としてはこう結論づけるしかありません。

アオイさんの話しですが祖父母が用意してくれた一軒家に住み祖父母の援助を受けています。アオイさんは支援をうけるために周りに何を説明してくれるのでしょうか?祖父母に援助させるのは心苦しいから、周りが私の外食費や飲み会を支援するべきだということでしょうか。そういった主張をして周りがお金を出すと信じているといるとしたらあまりに傲慢です。

だってそうじゃありませんか祖父母より遠い人達なのですから。もし彼らが本心として支援など求めずただ相対的に貧乏な家庭に育ってがゆえの愚痴や武勇伝を語りたいだけならそれはそれで結構なことです。何にも悪い事ではありません。



スマホ=ぜいたく品?

 ぜいたく品の象徴とされやすいもののひとつが、スマホ(携帯電話)です。

 5人は、全員持っています。「むしろインフラとして必須」とユウタさん。数件のバイトをかけもちしているユウタさんにとって、職場との連絡手段としてスマホは欠かせません。

 ひとり親家庭の場合、家に子どもだけでいることも多いので、緊急連絡用としても必要です。他の取材で、「母親が働きづめで、ゆっくり話す時間がないから、LINEでの会話を大事にしている」という声も聞きました。

 実は、「経済的に苦しい世帯の方が、子どもの携帯電話の所持率が高い」というデータもあります。

 昨年度、滋賀県彦根市が市内の小学5年生と中学2年生の生活実態を調べたところ、「子ども用の携帯電話・スマートフォンを持っていない」とこたえたのは、経済的に苦しい世帯の子どもが33.8%。他の世帯の子どもは47.2%。つまり、苦しい世帯の子の方が、携帯電話を持っている、という結果です。
(この調査での「経済的に苦しい」は、「過去1年間にお金がなくて家族が必要とする食べ物や衣服を買えないことが1回以上あった」と、こたえた世帯です)

 少ない収入をどこに投じるのか、家庭によって様々です。借金をして、無理な出費を続けていることもあります。私は、子どもの貧困を取材していて、「○○を持っている」は「貧困ではない」ことの証拠にならないなと、痛感します。



まずスマホは必ずしも贅沢品というわけではないのは同意します。連絡手段がなければ短期バイトもできませんし、社会的に孤立してしまいます。近年は格安スマホが市場を席捲しており、私のスマホの通信費も月1000円前後です。

とはいえ子供に絶対的に必要かというとそういうことではなく、収入のある世帯でもあえて子供にスマホは持たせていないということですよね。

記事において貧乏な世帯のほうが子供にスマホを持たせているからスマホを持っていることは貧困ではないと結論付けているのはたいした意味はありません。

私は違う解釈をします、すなわち「スマホは裕福な世帯な子供にとって必要でない」という事実です。つまり「必要でない者を買い与えた結果、一番必要な衣食住が疎かになっている」ということです。

このデータから導き出させるのは貧困だとされている家庭はお金がないのではなく、お金の使い方が下手だからお金が足りなくなっているという事実です。

この場合周りからの支援なるものは、物資やお金ではなく啓蒙活動です。とはいえいい大人が自分で稼いだお金をどう使うのを他人から指南されるのは屈辱的でしょうから、難しいでしょう、単純にお金を配るほうがまだ簡単だといえます。



 世間的な「理想の貧困」のイメージは、当事者たちをも縛ります。

 ミユさんは「ずっと、自分が貧困当事者だと思っていなかった」そうです。

 それは、飢えて草を食べるといった「理想の貧困」状態ではなかったから。

 「貧困ってアフリカの話だと思っていました」

 小学生のころ、父親が働かなくなり、離婚。貯金もなく、母親の月20万円ほどの収入だけで、弟と3人が暮らしてきました。草を食べたことはないですが、「8本入り100円のスティックパンが朝食と昼食」だったそうです。ふとのぞいた母の携帯電話のメールには、「お金を貸してほしい」と書かれていました。

 高校3年の時、偶然、子どもの貧困問題に取り組む団体のイベントに参加し、貧困当事者の話を聞いたとき、「自分にもあてはまることが多い」と気付きました。

 ミユさんは戸惑いを打ち明けてくれました。

 「ショックでしたよ。自分の中で貧困=極端っていうイメージが強かったから、『私も、それなの?』って。自分が貧困当事者だって、知らなかった方が良かったと思う時もあります。今でも、私が当事者として語っていいのかなって、思います



このケースですがミユさんに限って言えば貧困だといっていいと思います。理由としては満足な食事が与えられていないという事実です。しかしながら世帯で見ると3人で月20万円なのですから充分に暮らしていけることは私が保証します。

すなわち相対的貧困といいますが、結局の所その多くは「保護者たる大人のお金の使い方が下手」ということに尽きる。周りの支援、周りからの援助といいますが、月20万~月30万で家庭をやりくりしている人間なんて珍しくないどころか多数派なんですよ。

お金がないなりに工夫してやりくりしているのに、何故同じような収入の世帯を支援しなければならないの?と疑問の言葉を発してもそれはむしろ自然な感情ではないでしょうか。

すなわち現実的な解決策としては子供に満足な環境を与えられない親から強引に引き離して行政が面倒を看るということになります。

現在でもそういった取り組みは行っていますが、保護者の権利が強いので目に見える形での虐待などが行われていないと行政は介入できません。

ミユさんですが自分のような子供を減らすために行政に力を持たせて、子供を親から離し、満足な環境を用意するべきだと主張するならば筋が通っております。

しかしながらミユさんのような親にただお金をあげてもその分何かに使ってしまいますよ、何の意味もありません。国民が餓死しているのに武器をひたすら作っている国のような構図になることは間違いないです。






このような記事が世に出るのは何故か"貧困をあえて作り出したい人達がいる”という一点に尽きます。そんなことをして何の意味があるのかですが朝日新聞などは弱者に寄り添うという立ち位置ですので、そもそも弱者がいなければ商売あがったりです。

あなた達は大学もいけた、スマホも持てる、外食もできるし、ジャニーズのコンサートだっていけるし、衣食住には困っていない、でもあなた達は貧困なのだ、そうでなければ我々の飯の種がなくなってしまう。そういうことでしょう。

みゆさんはいっています「ずっと自分が貧困当事者だとは思っていなかった」つまりどういうことか?貧困だと思っていない人達にあなたは貧困ですよ可哀そうですよ支援が必要ですよとわざわざ吹き込んだということです。私はいいたいそれって必要な事なんですか?と

格差社会が広がってていくことに憂慮するのは分かります。社会にとって、そこに生きる人間にとってなるべく格差がないほうが治安の良し悪しなどあらゆる点でいいに決まっています。

とはいえ相対的貧困などという言葉を使って、貧困家庭なるものを作り上げてもしょうがない。前述したように多くは保護者たる親のお金の使い方が下手がゆえに発生する貧困であるからです。

支援を求められた側の立場になって考えてもらいたい。極めて自然な感情だと思うんです。飯を食うに困っている子供がいれば援助するのは人道上当然のことだし、義務教育を受けられない子供がいればなんとかしてあげたい、みすぼらしい服を着ていれば綺麗な服を着せてあげたい。その事に反対する人はほとんどいないでしょう。

しかしながら大学生になり、友達とのランチの1000円を出すのが苦しいから周りが援助してといわれても困惑してしまうでしょう……そのことに理解を示さなければ貧困への無理解なんていわれても困惑してしまいますよ、それなら吉野家で380円の牛丼食べればいいじゃんと思わずいってしまう私は吉野家の株主です、資本家です、ブルジョアです、200株ですけどね。100株は姉名義にして優待2倍貰っています。



子どもの貧困を支援する団体に取材をすると、「自分が貧困当事者だとは思っていなかったという子は、かなり多い」と聞きます。「自分は支援されるべき対象ではない」と、当事者たちも思い込んでいるということでしょうか。

 そんななか、当事者たちのリアルな声は、子どもの貧困問題を知ってもらい、解決に導くために欠かせないものです。しかし、昨年の一連の「貧困たたき」以降、高校生や大学生ら、貧困の当事者がメディアに出ることを控えた団体もあります。

 この記事もまた、5人の安全を考え、顔と名前を伏せました。

 「理想の貧困」状態にある人しか、貧困を語れない。語ったら批判される、という空気の中で、「困っている」「助けて」という言葉をのみ込む当事者たちがいるとしたら、「理想」は、とても罪深い存在ではないでしょうか。

 そして、「極端な貧困」か「極端ではない貧困」か、偏った光の当て方をしたり、さらには対立したりすることは、どちらの子どもも傷つけてしまう気がしてなりません。

 

理想の貧困という表現はこの記者の皮肉でしょうが、一流ではないといえます。絶対的貧困でなければというほうが表現としては正しいでしょう。

ここでも書いていますが、取材対象が貧困だとは思っていないという事実です。そして次の物言いには唖然とします。いうに事欠いて自分達が支援されるべき対象ではないと”思い込んでいる”とは一体どこまで馬鹿にしているのかと憤りすら感じます。

ようするに「お前たちは私達の思想に照らし合わせると貧乏で支援が必要なのだから、支援が必要でないという思い込みはよくない」こういっているのです、これ以上傲慢な押し付けはなかなか見られるものではありません。彼らが貧困を語れないというのではなく、自分達の新聞のネタにできないからといってもらいたいものですよ。

子供達の顔と名前を載せないなんて当たり前です、自分達の主張のために子供を盾にするのは卑怯なやり方だからです。とはいえそんな当たり前なことも守っていないメディアが多いですから、伏せたことについてはこの記者の英断だといえます。

とはいえその後の偏った光の当て方や対立構造を作ることを憂慮している事については、あなた達が率先してやっているようにしかみえないと付け加えておきます。

批判ばかりになってしまいましたが、対案も提示しておきましょう。解決策として義務教育にお金の使い方の授業を採用すればいいでしょう。お金の使い方をきちんと勉強すれば時間はかかるでしょうが多くの問題は解決します。それでは失礼します。

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年収1000万円以上の高所得者ほど飲む物

news.careerconnection.jp/?p=42352&page=2

高所得者ほどコーヒーを飲むそうです。私も毎日コーヒーを飲むので高所得者の要素があるかもしれません。とはいえ高所得者は眠気覚ましにコーヒーを飲むそうで毎日グッスリ眠っている私とは動機が異なり結果として収入に差がでたということでしょうか。まぁそんなわけないですけどね。

健康にもいいそうなのでこれからも毎日飲んでいきます。

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