雑草を食べてパチンコ屋でシケモクを拾っていた男

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チャーチル
 



孤児院育ちの少年がカレー屋を創業

――小さい頃から、カレーはお好きだったんですか?

宗次:いえ、うちは貧乏だったので、小さい頃はほとんど食べた記憶はありません。店で出したカレーも、もともとは妻の実家のカレーがベースです。私は孤児院育ちで、いまだに両親も親戚のことも一切知らないんですよ。3歳のときに養父母に引き取られたんですが、養父がギャンブル好きで電気代や水道代も払えないような貧乏家族で。しかも、途中で養父に愛想を尽かし、養母も蒸発してしまったので、ご飯はだいたい自分で用意していましたね。

――どんな食事でしたか?

宗次:貧乏なのでお米はなかなか食べられず、メリケン粉を水で溶いたものや雑草を食べて暮らしていました。子供の頃に食べて一番おいしかったのは、年に2回、養父が買ってきてくれるリンゴでした。あとは幼少期の思い出といえば、よく一人でパチンコ屋に行っては、床に落ちているシケモクを拾い集めていたこと。養父はシケモクをパイプに詰めてよく吸っていたので、彼を喜ばせるために、よくパチンコ屋に通っていました。

宗次德二氏――壮絶な子供時代ですね……。

宗次:アハハ。ただ、私はすごく楽観主義者なので、一度も自分のことを不幸だと思ったことはないんです。今みたいに恵まれた時代でもなかったというのはあるんでしょうが。ただ、当時から「人生はこんなものだから、他人に頼らず、迷惑をかけず、一人でコツコツ生きていこう」と心に決めていて、その姿勢が社長時代に生きた部分もあると思います。

――経営に生きたのはどのような部分でしょうか?

宗次:とにかく私は「人に迷惑をかけたくない」という気持ちが強かったので、何事も自分で考えて、行動するようになりました。店の経営に関してコンサルタントの先生に相談したことはないし、会費を払ってセミナーに行ったこともないです。「そんな暇があるなら、店舗に行って、お客さまに満足してもらうにはどうしたらいいかを考えるほうが有益だ」と、現場主義をとっていました。

http://nikkan-spa.jp/1071266



誰もが知る飲食店の創業者とフリーターの極貧人。
共通点はなさそうで事実まったくないのですが、
「人生はこんなものだから、他人に頼らず、迷惑をかけず
一人でコツコツいきていこう」という台詞に強く共感しました。

私も人に迷惑をかけたくないという気持ちが
強いです。私の場合、だから私にも迷惑をかけてくれるなという
自己中心的な考えが続きますけどね。

成功者の話を聞いて自分が
変わるということはありませんが、
大変面白いです。

私も今度雑草を食べてみることにします。天ぷらに
すれば美味しく食べられるでしょう。煙草は吸いませんから
シケモクは拾いません。
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