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友人の死

正義感が強い男だった。
度がすぎるほどに。
知性と教養は私が今まで出会った人間の
中でも飛びぬけており、彼と話している
時は自分も頭脳明晰だと勘違いさせてくれる
ほどだった。


彼とはフリーター仲間である。

倫理の潔癖症というくらい、不正を嫌い
不正を糾弾して、そして周りから疎まれて
そんな事を何度も繰り返していた。

大企業という組織の歯車になど
なりようがない男で、数年勤めた後上司と
衝突してやめた事を淡々と語っていた。

そんな人間だから、親しく付き合っている
人間も少なく、本人もさしてその事を気にして
いないようだったが、私とはウマが合った。

私は彼の青臭い性格が好きだったし、彼は私
のことを極めて倫理的であると認めることは
最後までなかったものの、許容できる範囲では
あったらしい。

何度か彼のそういう性格を揶揄した事がある。
私が好きな言葉、水清ければ魚棲まずという
故事成語を引用して、人もまたあえて
汚い場所は好まないが
綺麗すぎると息がつまるという。

潔癖症の人間というのがいるが、微生物
なんて目に見えないだけで空気中に無数
にいる。彼らが手を必死で洗い流す
その行為に意味があると思うか?
と私は彼に聞いた事もある。

彼は物理的な綺麗さと精神的な清さは
違うとあくまで科学的にいうのである。
そういう反論をされたらこの議論が
がっちり組み合う事はなくなる。

何度も酒を酌み交わした。彼は中国なら
文天祥、日本人では楠正成
を尊敬していた。両者とも後世に義人と
して名前を残した人間だ。

世が世なら学生運動に参加しているような
気質であったが、彼は左翼的な考えとは
相性が悪いようで、あくまで人の社会の
倫理性を高めようと個人で無謀な戦いを
しているように私には見えた。
文天祥や楠正成というよりドン・キホーテ
じゃないかと言おうとしたが、さすがに
口を噤んだ事もある。

倫理的に一遍の曇りもなく、卓越した能力を
持つ経営者に巡りあう事が出来れば、
彼はその才能をいかんなく発揮して
いたかもしれない。極めて難しい話だが。

職場を離れた後も、私達の交流は続いたが、
彼が故郷に帰ったのをきっかけに合う事も
なくなっていた。

先日彼は亡くなった。彼の弟から私に連絡
があった。世間では若くない私達だが死ぬには
若すぎる。とても驚いた。

電車の中で葬式の参加者は少ないだろうなと
想像していたが、その通りで、弟とその家族以外
は誰もいない簡素な葬式だった。

弟さんとなんとなく話すことになったが、
彼の知らない一面を知ることができたというような
事はなく、彼は家族の前でも私が知っている彼だった。

病魔に侵され、治療を拒んだ。動機は聞かなくても
想像できる。彼は唯一の親族の弟とその家族に迷惑
をかけたくなかったのだ。

孤独死について話したことがある。
孤独死なんて大げさにいうが、人間死ぬときは誰しも
一人じゃないか。女子の連れションじゃないんだから
何を恐れることがあるという点で我々は一致していたが
死んだあとも迷惑をかけてはならぬという一点で
些細な相違があった。

私もなるべく他人に迷惑はかけるべきではないと
思っているが、さすがに死ぬときはしょうが
ないじゃないか、幽霊になって自分の身体を
山の中に埋めるか?といったら

死体の処理はさすがに難しいが、やれる
ことはやっておくべきだと彼は断固とした口調で
話していた。

彼は古民家を買って移り住んだ。アパートで死ねば
大家に迷惑がかかるという理由である。彼らしい
単純明快な論理だった。

そこで死を迎え死んだ後、弟に
迷惑がかからないよう、いろいろな手筈を整えて
いた。葬式代や諸々の処理を踏まえたお金を計算
して弟に託していた。

彼が私を呼んでほしいといった事を聞いた時は
とても嬉しかった。彼にとって唯一の友人であると
確認ができて、そういう事はやはり嬉しいのである。

彼は私への交通費も残していたようだが、私は
それを受け取らなかった。義務で来たのならば
即断で受け取るが、そうではない。

見栄もあったと思う。それ以上に彼の友人として
親族にみっともない姿は見せられないという思い
があった。私なりに立派な男だったと言語能力
をフル回転させて弟さんに伝えた。いわれずとも
分かっていたようだったが。

弟さんから手紙を渡された。彼はこういうキザな
演出が好きな性質だった。魂があるとしたら
上空でニヤニヤ笑っていたことだろう。

私は家に帰ってからその手紙を読んだ。

手紙には様々な事が書いてあった。彼らしい
潔い死生観だった。読んでいくうちに私は涙を
流す。成人してから涙は流していないので
自分でもびっくりする。人の動機というのは
複数の糸が繋がっており、私の涙の動機は、
彼が死んだ事が悲しいという感情であったり、
彼ほどの男が……私には彼の知性と教養が
メディアで活躍しているような知識人をはるかに
優っているように思えた。友人としての贔屓目は
あるだろうが、それを差し引いても、ずば抜けた
男だった。それだけの能力を持ちながら、
何かを成すこともなく若くして死んでいった
事をもったいなく思う気持ち。
その中でも一番太い糸は単純に、彼ともう話せない
という事実が悔しいという気持ちだろう。
当たり前だが人間はお互い生きていないと
会話ができない。彼のあの青臭い青年のような
話を二度と聞けないのだと思うと、寂しくて
しょうがなかった。

そして死を強く意識した。同世代の親しくしていた
人間の死というのは思いのほか堪えるものだ。
私も準備をしておかなければならない。
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