好きの反対は無関心なのか

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チャーチル
 
愛情の反対は無関心という言葉が
ありますが、これについて教え子と議論になりました。

「好きの反対は無関心っていうでしょ」
「聞いたことある言葉だね」
「それじゃ嫌いの反対はなんなの?」

なるほど唸りました。そこから攻めてくるのか。wiki先生に頼ることができない私はなんとか及第点となる理屈をひねり出さなければならない。考えた末に出した答えは……

「そもそも前提が間違っている。好きの反対は嫌いで無関心の反対は興味だよ」
「そうなの?」
「世の中は興味がないものであふれているよ」
「〇〇は野球にも将棋にもプロレスにも興味ないだろう」
「興味がないだけで好きの反対とはいえないんじゃないか」

「それじゃこの言葉は間違ってる?」
「芸能人みたいな人気商売や、ネットの世界では炎上商法って言葉がある」
「負のパワーでも自分の利益に変えてしまう仕事は存在するけど
それらはごく一部で多くはあてはまらないんじゃないか」

「無関心はいけないって先生いっていてさ」
「うん」
「そうなのかなって思ったけど」
「うーん興味があるふりをするくらいは生きていくうえで必要かもしれない」
「それって嘘じゃん?」
「そうだよ」
「よくないじゃん」
「いやいや例えば友達に私ブスだよねっていわれてうんすっごいブス!っ答える?」
「あーあそういうことね」
「そういうこと」

なんとかうやむやにして乗り切っていま考えているのですが、よく考えれば変な言葉です。困っている人には救いの手を!無関心は時に罪であるという趣旨の事をいいたいのでしょうけどね。結局の所思考停止せずにその状況に応じて考えるべきといったところでしょうか。
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